New!皇室画像掲示板

主に秋篠宮家を中心に、画像検証と保管庫。

地道な市民活動

地道な市民活動 


5月19日 京都固定資産税課、公共性の無い朝鮮総連の公共性とは?①


5月19日 京都固定資産税課、公共性の無い朝鮮総連の公共性とは?②

違法な日本人差別が堂々と行なわれています

法律を無視する市役所が京都なんですね。

>公務員が売国やってどうするの?

>あ~あ、京都は日本の古都だったのに、こんなに腐ってたとは、、、、



********************************


◆街頭演説会開催◆ あなたもスピーカーとして参加できます!
テーマ   【極左政権にレッドカード!日本の領土を死守、奪還せよ!】

日時    平成23年6月04日(土曜日)15時開始
場所    銀座マリオン前

注意事項 ・特攻服など現場にそぐわない服装でのご参加はご遠慮ください。
     ・当日は撮影が入ります。、顔を写されたくない方は各自で対策をして下さい。
     ・現場責任者の支持に従っていただきます。
     ・プラカード(演説会の趣旨に適ったもの)日章旗は歓迎いたします。
     ・悪天候の場合は中止します。当日の10時までに掲示板にて告示します。
     ・演説をする方は,上記のテーマに適った内容で自己責任にてお願いします。

主催   日本再建会議・東京 090-8770-0960 (阿部)

協賛   そよ風
     千風の会
     外国人参政権に反対する会・東京
     国民社会運動
せと弘幸blog「日本よ何処へ」
     NPO法人 外国人犯罪追放運動



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  1. 2011/05/26(木) 23:42:18|
  2. 歴史の真実
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

日本人よありがとう

日本人よありがとう ラジャー・ダト・ノンチック(元マレーシア上院議員)

*これは、戦後、日本人が謝罪ばかりするので、戦争中に占領統治された国々の人が日本人に向けて書いた本の序文から。戦後堕落した日本人を嘆いたアジア人の本音です。
********************************

かつて、日本人は 清らかで美しかった
かつて、日本人は 親切でこころ豊かだった 

アジアの国の誰にでも 自分のことのように
一生懸命尽くしてくれた

何千万人もの人の中には 少しは変な人もいたし
おこりんぼや わがままな人もいた 自分の考えをおしつけて
いばってばかりいる人だって いなかったわけじゃない

でも そのころの日本人は そんな少しのいやなことや
不愉快さを越えておおらかで まじめで 希望に満ちて明るかった

戦後の日本人は 自分たちのことを 悪者だと思い込まされた
学校でも ジャーナリズムも そうだとしか教えなかったから
まじめに 自分たちの父祖や先輩は 悪いことばかりした
残酷無情なひどい人たちだったと思っているようだ

だからアジアの国に行ったら ひたすらペコペコあやまってわたしたちはそんなことはいたしませんと 言えばよいと思っている
そのくせ 経済力がついてきて 技術が向上してくると
自分の国や 自分までが えらいと思うようになってきて
うわべや口先では 済まなかった 悪かったと言いながら
ひとりよがりの 自分本位の えらそうな態度をする
そんな今の日本人が 心配だ

本当にどうなっちまったんだろう
日本人は そんなはずじゃなかったのに

本当の日本人を知っている わたしたちは
今はいつも歯がゆくて 悔しい思いがする


自分のことや 自分の会社の利益ばかり 考えて
こせこせと 身勝手な行動ばかりしている ヒョロヒョロの日本人
これが 本当の日本人なのだろうか

自分たちだけで 集まっては
自分たちだけの楽しみやぜいたくに ふけりながら
自分がお世話になって住んでいる
自分の会社が いつも仕事をしている
その国と国民のことを さげすんだ眼で見たり バカにしたりする

こんな人たちと 本当に 仲よくしてゆけるのだろうか
どうして日本人は こんなになってしまったんだ



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  1. 2011/05/17(火) 11:57:28|
  2. 歴史の真実
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

福沢諭吉「脱亜論」

福沢諭吉「脱亜論」
◆福沢諭吉 「脱亜論」(明治18年)

日本の不幸は中国と朝鮮だ。
この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりはあまりにも大きい
情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない
国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない
もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない
「東アジア共同体」の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。
この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい
悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。
私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。
特定アジア関係覚え書き http://mixi.jp/view_diary.pl?id=457534614&owner_id=550840


◆島唄に隠されている本当の意味
http://specific-asian-flash.web.infoseek.co.jp/shimauta.html



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  1. 2011/05/03(火) 00:43:03|
  2. 歴史の真実
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

國神社246万余柱の御祭神

國神社246万余柱の御祭神 http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/29794277.html より

●樺太で名誉の自決をした9人の乙女達

「日本最北端の街、北海道稚内市の高台にある稚内公園には、「九人の乙女の碑」という慰霊碑が建っています。

この慰霊碑は、樺太の真岡郵便局で自ら命を絶って職場を守った9人の女性職員たちの霊を慰めるため、昭和38年に、宗谷海峡を隔てて樺太を望む稚内公園に建てられたものです。

日本とソ連は「日ソ中立条約」(日ソ両国の相互不可侵と、一方が第三国の軍事行動の対象となった場合、他方の中立などを定めた条約)を昭和16年に締結していたのですが、終戦直前の昭和20年8月9日、ソ連は一方的にこの条約を破って日本に宣戦布告し、北緯50度の国境線を超えて軍を南樺太に南下・侵攻させ、更に北方四島にも軍を上陸させ、日本領である樺太や北方四島を侵略し蹂躙しました。

しかも、日本がポツダム宣言を受諾した8月15日を期に連合国は一斉に戦いを止めたにも関わらず、ソ連だけは8月15日以後も日本領への侵略を続け、むしろ激しい攻撃を加え、ついに樺太や北方四島を全て占拠し、ソ連が崩壊してロシアとなった今日もそのまま不当占拠を続けています。確かに、サンフランシスコ講和条約によって日本は樺太南部と千島列島を手放すことを余儀なくされましたが、しかし日本が手放したそれらの地域がソ連に帰属するなど条約のどこにも書かれていませんし、そもそもソ連は、そのサンフランシスコ講和条約には署名すらしていない立場です。旧ソ連および現在のロシアの行動は、どのように好意的に解釈しても、やはり不法行為以外の何者でもありません。

ソ連軍は日本が降伏した8月15日以降も南樺太への侵略を続けたため、終戦直後の樺太は、正確にはまだ“終戦”を迎えておらず、至るところで戦闘や、ソ連軍による略奪や暴行が続き、大混乱している状況にありました。

当時の樺太はそのような状況でしたから、高石ミキ、可香谷シゲ、伊藤千枝、吉田八重子、志賀晴代、高城淑子、沢田キミ、渡辺照、松橋みどりら「9人の乙女」たちが住んでいた樺太西海岸南部に位置していた真岡町も著しく混乱している状況にありました。
9人の乙女」たちはいずれも真岡郵便局の電話交換室に勤める交換手(17~24歳までの独身女性)で、本来であれば彼女たちも緊急疎開命令(樺太全土に出された引揚命令)によって本渡に引き揚げるべき立場にあったのですが、彼女たちは皆、戦時下における電話交換業務がいかに重要なものであるかを充分把握していたため、その責任感の強さから誰もが進んで残ることを希望し、そのまま職場に残り続けました

電話の交換業務は24時間休みなく続けられるため、彼女たちは昼と夜を通して交替で勤務し続けました。しかし、彼女たちは全員、万一の事態を想定し、薬品室にあった青酸カリをポケットに忍ばせていました。もしソ連兵から乱暴されそうになったときは、大和撫子としての誇りを守るため、自らの命を絶つためでした。樺太のあちこちで若い女性がソ連兵に乱暴されているという噂は、既に真岡にも届いていたのです。

そして運命の8月20日、午前5時40分に、真岡郵便局の電話交換室に、真岡へのソ連艦隊の襲撃を知らせる第一報が届きました。真岡の北8kmに位置する幌泊監視哨から、「ソ連艦隊、幌泊沖で進路を変え、真岡方面に向かった」という緊急連絡が来たのです。真岡局の1階では、直ちに男性職員たちにより軍関係の連絡網や暗号解読所などの機密書類を焼く準備が行われ、2階の交換室でも、女性職員たち全員が持ち場について緊急連絡体制に入りました。それから程なくして、ついに真岡で戦闘が始まりました。ソ連の艦隊からソ連兵たちが真岡に上陸を開始し、日本軍がそれを迎え撃って反撃したため、ソ連の艦船からも真岡に対して一斉に射撃が始まったのです。ソ連軍の射撃は無差別射撃で、軍人だけではなく多くの民間人が殺されました。

真岡局にもあちこちから地響きが伝わり、交換室の窓からも激しい戦闘の様子が見えたため、交換手たちは懸命に仕事をしながらも、皆恐怖の中にいました。そんな中で、交換手たちの班長であった最年長の高岡が、まず一番最初に青酸カリを口に入れ、水と一緒に飲み干しました。あまりにも突然の出来事で、高岡のその行動を見た他の交換手たちは一斉に「班長さん、早まっちゃだめ!」と駆け寄ったのですが、既に手遅れでした。高岡は、この日の前日、戦争が終わったら結婚をしようと約束していた婚約者の戦死を知ったばかりでしたが、それでも死の直前まで懸命に仕事を続け、つい先程まで「みんな、持ち場を離れちゃだめよ!」と他の交換手たちを激励していたのですが、その責任感の強さ故からか、職場から逃げることはせず、また辱めを受けることも良しとせず、その場で自決したのです。

高石の遺体を見守りながら、暫くは誰もがショックで呆然としていましたが、郵便局の外壁にも流れ弾が当たり始め、いつまでも呆然としていることはできませんでした。班長に続き自分たちも自決しよう、という意見も出たのですが、とりあえずは上からの指示を仰ごう、ということになり、交換手の一人であった志賀が、泊居局に連絡をしようとしました。しかしそのとき、先程高石に「早まっちゃだめ!」と叫んでいた副班長の可香谷が、青酸カリを飲んで高石に続きました。

志賀は泊居局の交換手に事態を説明し、「高石さんと可香谷さんは今死にました。私たちもこれから死にます」と言いました。泊居局の交換手は「死んじゃだめ!私たちも頑張るからあなたちも頑張るのよ!」と涙ながらに必死に説得を続けましたが、電話で話している間にも真岡の状況は刻々と悪化し、ソ連兵が真岡局の目前にまで迫り、建物の中にまで流れ弾が飛んでくるようになってきました。

このため、真岡局の交換手たちは既に覚悟を決め、志賀は「ものすごい射撃です。乱暴される前にこれから青酸カリを飲みます」と言い、交換手たちは次々と青酸カリを飲んでいきました。「男の人がいるでしょ!呼びに行くのよ!」という泊居局からの問いかけに対して「もう飲んじゃいました…」という力のない声が真岡局から届いて、電話は切れました。

暫くしてから、その真岡局から再び泊居局に電話が入りました。電話をかけてきたのは交換手の伊藤で、泊居局の交換手は「大丈夫なの!?」と訊いてきましたが、既に伊藤も覚悟を決めていました。「もうみんな死にました。私も乙女のまま清く死にます。皆さん、さようなら…」と伊藤は言い、それが真岡局からの最後の通信となりました。

真岡局1階の通信室には男性職員も残っていましたが、この頃は皆銃撃から身を守るのが精一杯で、彼らも死と隣り合わせの修羅場にいました。そのため彼らは、2階の交換室からの電話で初めて2階で起こった惨劇を知り、急いで2階へと駆け上がりました。彼らは2階で、9人の遺体に囲まれて泣いている2人と、さらに机の下にうずくまっていた1人を発見し、彼女ら3人を1階に避難させました。

そしてそのとき、ついにソ連兵が銃口を向けて真岡局の中に突入してきました。真岡局の職員たちは必死で「我々は民間人だ」と身振り手振りで説明し、兵士たちをなんとか納得させ、結局残った局員は全員捕虜として港の倉庫に収容されました。こうして、真岡郵便局の長い朝は終わりました。

この惨劇から18年後の昭和38年、全国の樺太引揚者の手によって真岡を望むように稚内に建てられた「九人の乙女の碑」には、以下の碑文が刻まれています。

『8月20日、ソ連軍が真岡上陸を開始しようとした。その時突如、日本軍との戦いが始まった。戦火と化した真岡の町、その中で交換台に向かった9人の乙女らは、死をもって己の職場を守った。窓越しに見る砲弾の炸裂、刻々迫る身の危険。今はこれまでと死の交換台に向かい「皆さんこれが最後です。さようなら、さようなら」の言葉を残して、静かに青酸カリを飲み、夢多き若き花の命を絶ち、職に殉じた

國神社でお祀りしている246万余柱の御祭神のなかには、この「9人の乙女」たちも含まれています。」http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060820



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  1. 2010/12/19(日) 21:36:34|
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